ベトナム

【旅行者向け】ベトナムのダナンの地理・歴史を分かりやすく解説!

今や世界的に大人気のリゾート地となったベトナムの都市ダナン。その美しいビーチや歴史的遺産を楽しめるとして観光地として有名です。しかし,実際にダナンがどんな都市かを解説した書籍やサイトは少ないのではないかと感じています。

旅行(もしくは留学)の醍醐味として「おすすめスポット」を訪れるのも1つです。しかし,観光地としての地位を確立するまでのダナンの歴史的背景地理的背景を知ることで,より一層旅行(もしくは留学)を楽しめるのではないかと思います。そこで,この記事ではベトナムのダナンは歴史的にどのような都市なのかを徹底解説していきます。

★この記事の流れ★

ダナンという都市の特徴(地理/歴史/言語…)を旅行(留学)予定者に向けて丁寧に解説していきます。

 

地理的特徴

まずはダナンの地理的な特徴からお伝えしていきます。

 

ダナンの位置

ダナンは南北にのびるベトナムのちょうど真ん中に位置します。

ベトナムの三大都市はハノイ・ホーチミン・ダナンと言われています。ハノイは現在ベトナムの首都ですね。ホーチミンはベトナムの南北統一以前における南ベトナム の首都でした。現在でもなお東南アジア有数の都市として栄えています。ベトナムの歴史については以下の記事をご覧ください。

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これらの二大都市の中間点に位置するのがダナンです。

 

ダナンの名前の由来

ダナンという名前の由来は様々な説があります。現在最も広く伝えられている考えは,カンボジア~ベトナム中部に居住するチャム族の「Da nak(大河の河口)」「Daknan(大河)」という言葉を由来とする説です。

他にもベトナムの小数民族の1つであるラグライ族の「Danang(源流)」という言葉を由来とする説があります。どの説にしても,ダナンが歴史的に港湾都市としての役割を担っていたことが分かるかと思います。

 

ダナンの歴史的背景

ダナンは一体どのようにして観光地になったのかしら?
ベトナムの中でダナンはどのような役割を果たす都市だったのかな?

 

以下では,ダナンという都市が現在のような観光地になるまでの歴史的背景をお伝えしていきます。

 

チャンパ王国時代

レンガ造りで有名なチャンパ王国

ダナン周辺の地域はその昔,チャンパ王国と呼ばれる国が支配していました。この時代の建造物が,現在の世界遺産ミーソン遺跡になったとされています。(ミーソン遺跡については以下の記事をご覧ください)

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10世紀後半には,チャンパ王国は北側に位置する大越という王国と争うことになります。結局,チャンパ王国は大越に敗れてしまい,11世紀ごろに滅びてしまいます。

 

港町時代

今でも海沿いは船であふれています

大越によるダナン周辺部の支配は,後のフランス統治の時代まで続きました。フランス統治までの期間はダナン周辺部は港町として栄えました。16世紀にはダナン南部の町「ホイアン」で南蛮貿易(ポルトガル/スペインとの貿易)が行われていました。(ホイアンについては以下の記事をご覧ください)

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しかし,ホイアンは「テュボン川」という非常に大きな川の河口に位置していため,上流からの砂の堆積により港町としての機能が衰退していってしまいます。そこで,ハン川の河口に位置するダナンに港町としての機能が移りました。19世紀には当時のベトナムの王朝「阮朝」が欧州からの船を全てダナンに入港させる勅令を出したため,ダナンがベトナム中部最大の港町となりました。

 

テューラン時代

今でも港町時代の面影を強く残す「ホイアン」

同じく,19世紀にはフランスの一方的な攻撃により

●ダナン戦争
●コーチシナ戦争
●トンキン戦争

が起こります。これらの争いを経て,ベトナムはフランス領インドシナとしてフランスの統治下に置かれることになります。フランスの総督府は,ダナン周辺地域を「テューラン」と名付け5大総督直轄地の1つとしました。

あと4つの総督直轄地はハノイ、サイゴン、ハイフォン、フエです。

 

フランス統治下の時代においても,ダナン(テューラン)は港町としての機能を維持したまま様々な貿易インフラが整っていきました。

 

ベトナム共和国時代

ベトナムは戦争にも苦しんだ

ベトナム戦争中には北部と南部の中間に位置するダナンが攻撃の要所として利用されることがありました。ベトナム戦争後はクアンナム省と合併して「クアンナム=ダナン省」となりました。この頃から,単なる港町の機能だけでなく空港や銀行などといった産業都市としてのインフラが整っていきます。

 

現在

リゾート改革が行われているダナン

1996年には,ダナン市はアンナム省から分離して中央直轄市となりました。

現在のベトナムの中央管轄地は「ハノイ市/ホーチミン市/ダナン市/ハイフォン市/カント―市」の5都市です。

 

自然豊かな土地,美しい海,豊富な文化遺産…などなどの強みを生かして,現在に至るまで様々な観光都市としての開発が行われています。ビーチ沿いのリゾート開発,干拓地のニュータウン開発,COCOBAY開発などなどです。結果的に,ダナンは世界的に有名な観光都市へと発展していきました。

ちなみに,現在も港町としての機能はあります。ダナンはホーチミン,ハイフォンに次いで大きい港町です。例えば,船舶の通航のためにソンハン橋が回転することも観光客には有名です。(ソンハン橋については以下の記事をご覧ください)

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私の現地の友人も

 

ダナン港を管理する会社でインターンをしてきたよ!

 

と言っていました。現在のダナンは「観光都市+港町」という性格をもった都市と言うことができるでしょう。現在のダナン観光マップはコチラの記事をご覧ください。

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様々なインフラ

ダナンは「観光+港」の都市だとは言っても実はそれだけではありません。例えば,科学・電子・機械などの産業や繊維・製紙・セメントなどの産業も盛んです。

ダナンの産業の実態は,ハノイ本部や外資系企業が管轄する企業が多くを占めます。ですので,民間企業は比較的小規模となっています。様々な開発からもうかがえるように,投資先としてもダナンは人気があります。

 

他にも,多くの教育機関もダナンにあります。ハノイやホーチミンと比べて落ち着いた環境であり,学問に集中するのに適しているのが理由の1つでしょう。ダナンの大学についてはコチラの記事をご覧ください。

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ダナンの気候

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まとめ

いかがでしたでしょうか。

ベトナムの歴史や地理には非常に興味深い面がたくさんあります。ダナンが観光地として有名な理由の1つとして,周辺の歴史的遺産の存在が大きいでしょう。ダナンという都市の歴史的背景を知ることでミーソン遺跡やフエなどといった観光地に旅行する際の楽しみは倍増するでしょう。また,地理的な特徴を知ることで歴史的背景とのつながりやダナンの適当天気予報にもだまされなくなります。ぜひ皆さんもベトナムに行かれる際には,事前に得られる知識を知ったうえで旅行スポットを楽しんでください。

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